大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)105号 判決 1960年8月22日
控訴人(被告) 株式会社淀川製鋼所
被控訴人(原告) 久本弥右衛門
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、原判決を取消す、被控訴人の申請を却下する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、
控訴人において、
一、就業規則第六三条所定の懲戒処分についての協議について
控訴人は組合の了解の下に昭和三一年二月二日被控訴人に対し懲戒解雇を言渡したのであるが、爾後の協議において円満に話合えるものであれば、懲戒解雇を取消して諭旨解雇にしてもよいとの意思を有していたので、右二月二日組合と同月五日再度の協議をなすべきことを約した。ところが、同月四日被控訴人が不当な就労斗争を行つたので、一応五日の協議を留保し、組合に警告書を発すると共に、再三就労斗争の中止方を組合に通告した。同月一二日組合から就労斗争を中止して協議したいとの通告書を受領したので、当日午後三時から協議会を再開したが、意見の一致を見ざるのみならず、組合は法廷斗争の準備を完了し、誠意をもつて協議する態度がないので爾後の協議を打切つたのである。
以上のとおり本件解雇については、組合との協議は二回に亘り行われているのであるが、仮りに十分な協議が行われなかつたとしても、控訴人が昭和二三年七月七日組合と労働協約を締結した当時から現在に至るまで、従業員の雇入、解雇、賞罰等については組合と協議することなく、会社がこれを行う慣行が確立しているから、組合と協議することを要しないものである。
仮りに然らずとするも、控訴人と組合との労働協約は昭和二六年七月失効したので、控訴人は就業規則により懲戒処分の種類、程度、方法等を定め、これに基いて懲戒を行つているのであるが、つとめて独断専行を避け、人事の公正を期するため、就業規則中に懲戒処分に関する保障規定を設けているのである。しかしながら就業規則は使用者が経営権に基いて一方的に制定するものであるから、これによる懲戒権の行使の制限は労働協約による懲戒権の行使の制限とは異り、後者の場合のように形式、実体とも厳格なることを要しないものである。従つて本件の場合においても被控訴人に対する懲戒解雇の実体について考慮すべきであつて、懲戒解雇の申渡の前後において使用者側が協議に関し努力し、組合側にその意向が伝達され、これについて討議も行われた事跡があるならば、就業規則にいわゆる「協議」は行われたものというべきである。そして前記二月二日以降の全過程を綜合考慮するならば、被控訴人の解雇については十分な協議が行われたものとみるべく、仮りに二日の解雇申渡に手続上の瑕疵があつたとしても、一二日の協議によつて治癒されたものと解すべきである。
更に就業規則中の解雇に関する協議条項は単に債権的効力を有するに止り、規範的効力を有せず、控訴人が本件において、被控訴人を解雇するについて、組合と協議を尽さなかつたとしても、たかだか債務不履行の責を負うに過ぎず、解雇そのものの効力には何等の影響がないものである。
二、被控訴人主張の原判決事実欄摘示の第一の二の(二)の事実について
被控訴人には原判決事実摘示第一の二の(二)の(イ)ないし(ホ)の就業規則第六二条違反の事由があつたが、被控訴人の懲戒解雇を決定的ならしめたものは同(ホ)の事実すなわち煽動並びに配置転換命令の拒否であつて、これなかりせば、控訴人側も敢えて懲戒解雇に訴えることはなかつたのである。
そして右事実における被控訴人の言動が職場破壊のサボタージュ的言動であつて組合活動家としての職場における説得行為でないことは明白である。被控訴人は職場においては造型工であり、同じロール課内とはいえ熔解部門に対してはなんら容喙干渉する権限を有するものではない。被控訴人が組合役員として労働強化を批判せんとするのであれば、組合の会合においてこれを討議し、組合の意見として会社側に警告し、団体交渉の場においてその改善方を控訴人と交渉すべきであつて、これが労使対立上の原則である。このような組合活動以外の発言は、たとえその発言者が組合長であろうとその他の組合役員であろうと、それは個人的見解を表明した私的発言である。職場は使用者の意図する生産の場であつて、従業員の個人的見解によつて生産が阻害されることを容認せらるべきものではない。
のみならず本件をもつて労働強化のはじまりとみたのは被控訴人の妄断である。熔解部門の夜勤は常時六名で行われているのであるが、一名は届出欠勤、二名は無断欠勤をなしたため、三名で行われたものである。控訴人側は熔解の夜勤は一日位であれば五名でも遂行し得るものとして補充しなかつたが、無断欠勤者二名があつたため突然の事で補充をすることができなかつたものに過ぎず、控訴人側が決して労働強化を意図したものではない。
そうだとすると被控訴人の言動は使用者側の些細な手違による事態を労働強化であると曲解し作業放棄を示唆するものであつて、正当な組合活動に値せず、生産阻害の結果をもたらすものである。従つて横田課長がこれをもつて生産阻害的な不穏当な言動と認め、警告を与えると共に、職場秩序維持の必要及び被控訴人に対する適性判断に基く人事上の考慮から適宜職場内で配置転換を命じたのは職場の責任者として当然のことである。そして右配置転換命令は懲罰でもなく、不利益取扱でもない。ロール課内には熔解と鋳造の二部門があるが、熔解部門は全工員が熔解工と運搬工とに劃然分れているものではなく、たゞ仕事の分担の便宜上、熔解工の中から指名によつて運搬に専従するものを定めているのであつて、熔解工と運搬工との間、ロール課内の型場工と熔解工(運搬専従者を含む)との間に上下の序列が存するものではない。また被控訴人は従来から金型工であつてしかく熟練工ではない。型場には上型工、下型工、カブセ前工、乾燥炉工、金型工があり、最も熟練を要し、作業上重要なのは前四者であつて、これに比すれば、金型工は軽い責任のない作業に服するものであるから、本件配置転換命令をもつて、高級熟練工の低級雑役工への左遷と目することは当らない。以上のとおり配置転換命令は職場責任者の専権であり、不当労働行為の適用の領域外に属するものであるが、仮りに百歩を譲つてこれが不当労働行為であるとしても、被控訴人の個人的見解に基き命令の拒否が許さるべきでないことは明白であるから、被控訴人の右命令拒否の責任は追及せらるべきものである。
三、原判決送達後発生した就業規則第六二条、第五号、第六号該当事由
のみならず被控訴人には原判決送達後である昭和三二年一月二九日次ぎのような就業規則第六二条第五号、第六号に該当する行為があり、右行為のみによつても懲戒解雇の理由は十分であると同時に前記(イ)ないし(ホ)の事実と合せて懲戒解雇の理由は十二分に成立するものと信ずる。
すなわち被控訴人は昭和三二年一月二九日
(一) 午前一時半頃酒酔に乗じなんらの用件もないのに濫りに控訴人工場に入場し、鋳造工場乾燥炉前に横臥していたところを岡野保安係に発見され、退去を命ぜられたが従わず、逆に暴言をもつて同保安係を侮辱した
(二) 同日午前二時頃保安係室に無断入室し、岡野、山岡両保安係に喰つてかかり、両保安係の退去命令に従わず、山岡保安係を暴言をもつて侮辱し、その上保安係室に寝ころび保安係の業務を妨害した、
(三) 山岡、中田両保安係共同して被控訴人の手足を持つて保安係室から退去せしめた際、被控訴人はこれを拒んで保安係室の窓硝子一枚を破損した、
(四) 被控訴人は退去せしめられたのにも拘らず、再度保安係室に侵入し、寝ころびながら暴言を吐いた、
(五) 保安係では処置できないので、大野派出所に連絡し、内海巡査の応援を求めたところ、被控訴人は同巡査に対し山岡保安係から暴行を受けたと虚偽の申立をしたので、同保安係は西淀川警察署捜査係の取調を受けるに至つた
(六) 同警察署からの帰途、被控訴人は同保安係に「君はメスの味を知つているか、今すぐはやらないが二年後に片野労務部長、横田鋳造部長、中田、西山保安係の腹に風穴をあけてやる」との言辞を吐いて脅追した、
(七) 被控訴人は同日午前四時三〇分頃一度帰宅し、同日午前六時頃再度保安係室に御礼参りに来て、警察に連絡したことについて云いがかりをつけ、数々の暴言を吐き、保安係を侮辱し、同時刻に行われる一班勤務者、三班退場者の管理並びに日傭労務者に対する賃金支払業務を妨害した。
被控訴人の右行為は被控訴人の経営秩序を混乱する破壊的傾向を如実に示しているものというべく、被控訴人をこのまま職場に止めておくことは、経営秩序の保持上も到底許されないことである。右所為自体懲戒解雇の十分なる理由をなすものであるが、人事権の行使があらゆる要素を綜合して公正に運営されるべき必要からするも、原審以来主張する被控訴人の(イ)ないし(ホ)の就業規則違反、殊に(ハ)(ニ)(ホ)の事実に加え、第一審判決後のこの新事実を綜合考察するならば、優に懲戒解雇の実質的理由あるものである。
なお被控訴人は昭和三一年六月頃から現在に至るまで自宅において食料品商を営み、月収約一六、〇〇〇円あり、金員支払の仮処分の必要性はなんら存在しないと陳述し、
被控訴人において、控訴人は昭和三二年一月二九日の被控訴人の行為をも本件解雇の理由としているが、本件解雇後約一ケ年を経過した後の事実をもつて解雇理由とすることが許されないことは明白である。なお控訴人は同年三月二六日右事実を理由として本件解雇とは別個に解雇したと主張し、別訴をもつて大阪地方裁判所に仮処分取消の申立をなし、右訴訟は現に係属中である。
仮りにこれを事後の情状として斟酌することが許されるとしても、控訴人の主張は全く事実に反する。
事実の真相は次ぎのとおりである。原審判決は昭和三二年一月二五日当事者に送達され、控訴人はその代理人を通じて右判決による賃金の支払を任意に行うべきことを被控訴人側に通知し、強制執行をなさざるよう要請したので、被控訴人はその強制執行を差控え、組合を通じ控訴人に対し被控訴人を従業員として取扱い職場に復帰せしむべきことを要求し、次いで同月二八日午後四時三〇分頃控訴会社の給料係に赴き賃金の支払を求めたが、いずれも言を左右にしてこれに応じないので、ロール課に赴いて事情を訴え挨拶して帰宅した。被控訴人は飲酒の上就寝したが、控訴人の理不尽な能度と自己の生活の困窮化を顧み、眠ることができず、午前二時頃はロール課の夜勤者の休憩時間であることを想起し、平素夜勤者には殆ど面会の機会なく、仮処分判決勝訴の報告すらしていないので、休憩時間中の同僚に勝訴の報告挨拶を兼ね、その後の控訴人の不当な取扱を訴え、支援を得べく、午前一時頃控訴会社に赴いたのである。午前二時前控訴会社正門に到着したが、従来の慣例により、正門附近の保安係員に合図して入門し、保安係員も亦従来通り入門を認めたのである。そして被控訴人はロール課に赴き、同僚の休憩時間を利用して挨拶並びに報告を始めたが、その時保安係岡野安太郎が来て帰つてくれと申入れたので、被控訴人は帰宅することとし、正面前広場まで引き返した。その際保安係員に事情の説明を求められたので、守衛室に赴いたが、被控訴人が入室するや山岡保安係員等は口々に被控訴人を罵り、果ては「つまみ出すぞ」というので、被控訴人もつい「つまみ出せるならつまみ出せ」と答えたところ、山岡保安係は被控訴人の左顎を手拳で突き、被控訴人ははずみを喰つて仰向けに倒れ、他の二、三名は被控訴人に立上る機会を考えず、守衛室外に放り出した。被控訴人は余りの暴行に驚き且つ憤概し、暫くして守衛室に入り抗議したが、丁度その時西淀川警察署より巡査が来たので、保安係の暴行を訴えたところ、山岡保安係と共に同警察署に赴くこととなり、同警察署において山岡は概ね暴行の事実を認め、二九日午後四時頃両名は直ちに帰宅した。帰途被控訴人は山岡保安係に対し解雇当時の気持や、勝訴後も控訴人が不当な待遇をすることについて感想を述べたことはあるが、脅迫したことは全くない。
同日午前六時頃夜明けを待つて控訴会社に赴き、組合に前記経過事情を報告し、且守衛室で交替後の前夜保安係員に抗議したことはあるが、保安係の一班勤務者の入場、三班退場者の管理業務及び日雇労務者の賃金支払業務を妨害したことはない。
なお控訴会社においては従来従業員間の些細な紛争について何らの処分をしていないことは次ぎの事例によつても明らかであり、殊更本件において被控訴人についてのみ些細な事由を解雇事由とすることは就業規則の適用を誤つたものである、
(イ) 昭和三一年一一月一八日圧延組長石田利男(第二組合員)が就業時間中石谷某を殴打し、同人はこのため口唇部切創のため食事もできない状態となつたが、控訴人は石田に対し何らの処分をしていない。
(ロ) 昭和三二年一月四日、就業中の保安係員横田、吉川の両名が殴り合いの喧嘩をなし、続いて横田は酒を提供しろと怒号して労務係員を追い廻して業務放棄、業務妨害をしたが、右両名は何らの処分を受けていない。
と陳述した。(証拠省略)
理由
被控訴人が主張する原判決事実欄第一の一の記載の事実は当事者間に争がない。
被控訴人を懲戒解雇するについて控訴人の就業規則第六三条に定める協議が行われたか否かの点は暫く措き、被控訴人に控訴人が主張するような就業規則第六二条、第二、第五、第六、第九の各号所定の懲戒事由となるべき事実があつたか否かについて考えると、
被控訴人主張の原判決事実欄第一の二の(二)の(イ)記載の事実(昭和二五年三月二九日被控訴人が職場において仮眠したとの事実)に対する当裁判所の判断は、原判決が認定した事実を認定する証拠として当審証人浪江伊勢蔵の証言を附加する外、原判決理由欄第二の二の(イ)に記載するところと同様であり、
被控訴人主張の原判決事実欄第一の二の(二)の(ロ)記載の事実(昭和二九年三月一〇日被控訴人が不注意によりロールを駄目にしたとの事実)に対する当裁判所の判断は、原判決認定の事実を認定する証拠として当審における証人浪江伊勢蔵の証言、被控訴人本人尋問の結果を附加し、当審証人横田礼三、同片野養三の証言は右認定を覆えすに足りないと附加する外、原判決理由欄第二の二の(ロ)に記載するところと同様(但し(この点は後で詳述する)とある部分を除く)であり、
被控訴人主張の原判決事実欄第一の二の(二)の(ハ)記載の事実(葛目製鈑課長に対する暴行並に重役応接室に乱入の件)に対する当裁判所の判断は、原判決認定の事実を認定する証拠として当審における証人白井芳雄の証言、被控訴人本人尋問の結果を附加し、右認定に反する当審証人片野養三、同浜田陽三の証言は採用しないと附加する外、原判決理由欄第二の二の(ハ)に記載するところと同様であり、
被控訴人主張の原判決事実欄第一の二の(二)の(ニ)記載の事実(横田課長に対する暴言の件)に対する当裁判所の判断は、原判決認定の事実を認定する証拠として当審における証人白井芳雄の証言、被控訴人本人尋問の結果を附加し、当審証人横田礼三、同片野養三の証言をもつてしては右認定を左右するに足りないと附加する外、原判決理由欄第二の二の(二)に記載するところと同様であるから、いずれもこれを引用する。
被控訴人主張の原判決事実欄第二の二の(二)の(ホ)記載の事実(煽動、配置転換命令拒否並に職場離脱の件)に対する当裁判所の判断は、原、当審における証人横田礼三、同西田宗一の証言、被控訴人本人尋問の結果、原審証人松本浅六、当審証人浪江伊勢蔵の各証言を綜合すれば、昭和三一年一月当時控訴会社ロール課熔解部門においては六名の工員をもつて夜勤をなすこととなつていたところ、同月二四日熔解夜勤者六名中三名が欠勤(内二名は無届欠勤)したため、三名をもつて夜勤をなしたのであるが、翌二五日午前八時頃被控訴人がロール課更衣室で六、七名の工員と共に着換中、夜勤を了えた熔解工の一人が「昨夜の仕事が残つている。三人しか出勤しなかつたので仕事が辛かつた。今日は連勤できぬかも知れぬ。」と語つたので、被控訴人は何気なく「それはあたり前だ。六人でする仕事を三人でするのは無理だ。そんなときには三人分だけの仕事をしておけばよい。仕事が残つても仕方がない。」と応答し、傍にいた浪江伊勢蔵もこれと同趣旨のことを云つたこと、被控訴人は前記熔解工の発言に合槌を打つたのに過ぎず、何等組合活動として前記発言をなしたものではなく、また生産を阻害し作業率を低下せしめる意図をもつて発言したものでもないこと、同日午前九時頃被控訴人等の前記発言について報告を受けた横田ロール課長は被控訴人の右言動に対する懲罰的意味を主たる理由として、被控訴人に対し翌二六日から熔解部門の運搬係に配置換を命じたこと、被控訴人は二六日は横田課長の翻意を期待して熔解部門に行かず、次ぎの就労日(二七日は休日)である二八日には一応熔解部門に転じたが、被控訴人に対する配置換の問題は組合が職場会議で横田課長と交渉することとなり、組合長である西田宗一が横田課長と会見し、鋳型工である被控訴人を運搬係として使用することの不合理なることを説き、被控訴人を従前の職場に復帰せしめる旨申出でたが、横田課長はこれに対し、諾否の返答をしなかつたので、西田は横田課長がこれを承諾したものと考え、被控訴人に対し翌二九日から従前の職場に復帰すべきことを指示したので、被控訴人は同日から再び従前の職場で就労し、横田課長から配置換の命令に従うよう再三勧告されたが、これを拒否し、同日午後は横田課長に告げて組合の常任委員会に出席し、三〇日以後も従来の仕事を続けたことが認められ、原、当審証人横田礼三、同片野養三の証言中右認定に反する部分は採用しない。
右認定の事実によれば、被控訴人の同月二五日朝の前記発言は煽動の意思なくして行われたものであり、仮に被控訴人が組合役員であるため、その発言には他の者に対して普通組合員の発言と異る影響力があるとしても、被控訴人の前記発言は殆ど当然の事を云つたに止り、就業規則に定める懲戒事由に該当する程悪質なものであるとは到底考えられないから、これをもつて懲戒解雇の理由とすることはできない。
すると被控訴人の前記発言を理由とし、これに対する懲罰的意味を主たる理由とし、鋳型工から運搬係に配置換を命ずることは、仮りにこれによつて被控訴人の得る賃金に差異を生ぜず、また形式上鋳型工と運搬係との間に上、下の序列が存しないとしても、合理的でないばかりでなく、専門工としての被控訴人の誇りを著しく傷付けるものであつて、妥当な措置ということはできない。そして被控訴人が右配置換の命令を拒否したことは前記認定のとおりであるけれども、前記のとおり右命令が妥当なものでないこと、被控訴人が同月二九日以降従前の職場で就労し、熔解部門に赴かなかつたのは、組合長の指示によるものであることを考慮すると、被控訴人が横田課長の命令を拒否したことについては、情状酌量すべきものがあり、これをもつて懲戒処分としては極刑に相当する懲戒解雇の理由とするには十分でないものといわなければならない。
また同月二九日午後被控訴人が組合の常任委員会に出席したことは前記認定のとおりであるけれども、被控訴人は右委員会に出席するに当つては、担当課長である横田にその旨を告げていることも前記のとおりであるから、この事実も亦懲戒解雇の事由として取上げる程のものではない。
以上のとおり前記(イ)(ロ)の事実は就業規則第六二条所定の懲戒事由の何れにも該当せず、(ハ)ないし(ホ)の事実はこれに該当するとしても、これに対し同第六〇条所定の懲戒処分中、懲戒解雇をもつて臨むことは著しく不当であつて、懲戒処分の選択を誤つたものといわざるを得ず、またさきに認定した被控訴人の控訴会社における地位、身分を参酌すると、前記(イ)ないし(ホ)の事実を綜合して考慮するも到底懲戒解雇に値するものとは考えられないから、本件懲戒解雇は控訴人が就業規則によつて自ら制限を加えた懲戒権の範囲を逸脱するものであつて、結局懲戒権なき場合に懲戒解雇をなしたことに帰し、それが不当労働行為を構成するか否か、これを行うについて就業規則第六三条所定の協議を行つたか否か及び本件解雇が労働基準法第二〇条に違反する即時解雇であつて無効であるか否かについて審理するまでもなく、無効であるといわなければならない。
次ぎに控訴人は、被控訴人には原判決送達後である昭和三二年一月二九日本判決事実摘示欄三の(一)ないし(七)に記載するような就業規則第六二条第五号第六号に該当する行為があり、右行為のみによつても懲戒解雇の理由は十分であると同時に前記(イ)ないし(ホ)の事実と合せて懲戒解雇の理由は十二分に成立すると主張するけれども、控訴人主張の事実は、仮りにこれが存在するとしても、本件懲戒解雇後の事実であること控訴人の主張自体に照らし明らかであつて、これを捉えて先きになされた懲戒解雇を有効とすることはできないから、被控訴人に控訴人主張の如き事実が存在するか否か審理するまでもなく、控訴人の主張は失当である。
以上のとおり本件解雇は無効であるから、被控訴人はなお控訴人の従業員たる地位を保有し、依然控訴人に対し賃金請求権を有するものである。そしてその賃金の額は労働基準法所定の平均賃金により算定するを相当とするところ、その月額が少くとも金一九、二一五円を下らないことは原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨に徴して明らかであり、また賃金の支払期が毎月二八日であることは控訴人の明らかに争わないところであるから、被控訴人は本件解雇の翌日以降昭和三五年七月末日まで一ケ月金一九、二一五円、同年八月一日以降毎月二八日前記割合による賃金を請求し得るものである。
控訴人は、被控訴人は昭和三一年六月頃から現在に至るまで自宅において食料品商を営み、月収一六、〇〇〇円を得ていると主張するけれども、この点に関する乙第一九号証及び当審証人片野養蔵の証言は直ちに採用し難く他にこれを認むべき証拠がない。
そして被控訴人が賃金の支払を受けられないため生活の不安を招来していることはこれを看取するに難くないから、仮処分によりこれに対する緊急の救済を求める必要性があるものというべく、これを求める被控訴人の本件仮処分の申請は正当であり、これを認容した原判決も亦正当である。
すると本件控訴は理由がないこととなるから、これを棄却すべきものとし、民事訴訟法第九五条、第八九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 大野美稲 岩口守夫 藤原啓一郎)